オマージュ
9月某日。単独釣行。
渇水、高水温、低活性の渓流。
独り言が絶えない1日だった。
「しっかし、釣れないなぁ。朝から半日近くやって7寸くらいのが2匹とチビ数匹か。」
めぼしい区間をやってダメで、一気に20㎞以上先の源流部まで移動して、またトンボ返りで戻ってきた。
行き帰りの途中には県外ナンバーのそれとおぼしき車が3~4台はあった。
時間は正午前、曇天、静かに静かにアプローチしてミノーを流す。一投、二投。
そして唐突に、「ゴツン!」。大きいのはすぐに分かった。
息を止めてリーリングする。頼む、バレるなよ。
ローリングした魚体にリーダーが食い込んでいる。ゆうに尺は超えている。やっとだ。
でも、ん?あれ?
浅瀬にゆっくりと誘導し、しげしげと魚体を眺める。
「あぁ…何だかアンタ、ガリガリだねぇ。ブログで自慢しようと思ったのに。何か微妙な感じだなあ。」
「あわよくば40㎝超え狙って、ロッドも6.6フィートの本流用だし、ミノーもトリプルフック仕様で来たんだよ。もう9月いっぱいでアンタたちと出会えるチャンスもない。今日はね、本気で来てるんだよ。」
「でも、だいぶグロッキーになっちゃったね。ゴメンな。ここに生け簀作っておくから、少し待っててよ。あの堰堤でアンタよりいいの釣ってくるからさ。」
15分くらい経って戻る。結局堰堤ではオチビちゃんが2匹遊んでくれただけだった。
もう終わろう。その前にもう少しだけ写真に付き合ってもらおう。
「しっかし、本当にガリガリだねえ。体色も悪いし、一体どうしたの?ここは成魚放流はないと思うんだけど。
だいぶ山女魚は落ち着いてきている。
「でも、顔はいかつくて格好良いね。人間で言ったらイケメンってやつだ。色男だ。」
(・・・。)
「きっと若い頃は彼女とか、嫁さんとか居たんだろ?
「その頃はさぞかし色盛り、花盛りだったろう。ここまで命を燃やしてずっと生きてきたんだろうねえ。」
ジッポでアメリカンスピリットに火を点けて、煙を吐きながら写真を撮り続ける。
「山女魚の寿命って、3年くらいなんでしょ?長くても5年くらいじゃないかって、知り合いの学者さんが言ってたよ。」
(・・・。)
「分かってるよ。リリースするから、もう少し付き合ってよ。」
「まあ、分かんないだろうねえ。人間ってのは、多分アンタたちと違って、時間ってのを気にしながら生きているんだよ。アンタ、永久(とこしえ)とか、刹那(せつな)とかいう言葉、知らないだろ?」
(・・・。)
「しっかし、いつまでも暑いよなあ。さっきここよりかなり上流に行ってきたら、ススキが少しだけ生えてたり、モミジが色づいてたりしてたけどね。ここはまだまだ夏の方が多く残ってるよ。」
俺はさ、そんな景色がたくさん欲しくてこの釣りをしてるんだよ。
「やっぱりこの感じからすると、アンタはもうそれほど長くはないかもしれないね。
まあ、俺らの人生だってさ、きっと呆気(あっけ)ないもんだよ。
俺だって若いなんて言われる年頃はあっちゅう間に過ぎちまったしな。」
(・・・。)
「しかし、つくづくお腹ぺっちゃんこだねえ。
年取って痩せるとロクなことがないらしいぜ。頑張ってしっかり喰わなきゃな。」
(・・・。)
「よし、これで俺らの仮初め(かりそめ)の出会いは終わりだ。口に針刺して悪かった。ありがとう。
「・・・初めまして。さようなら。」
〜 老山女魚と言霊士に捧げるオマージュ 〜
0コメント