春を信じて

「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える。」

じゃないけど、

「たとえ今日、世界がひどい状況でも明日私は鱒釣りに行く。」

なんて言ったら、きっとルター神父に叱られるだろうな。

近年の天変地異と言ってもいい異常気象に加えて、世界中に蔓延しつつある疫病。


大変な思いをなさっている方々も多くいらっしゃる中で祝解禁なんて不謹慎なので、明日はひっそりと迎えようと思います。


でもつくづく、世界がこんなに激変してゆく中、この遊びもいつまで出来るのか。


後輩くんたちや、未来の子どもたちはたしなむことが出来るんだろうか。

ボンヤリとした不安が時々胸に去来してくる。


いつかこの曲の名前で文章を書いてみたかった。


フランス映画「ロシュフォールの恋人たち」で使われた名曲”You Must Believe In Spring”をビルエヴァンスがカバーしたもの。

透き通ったガラス細工のようなタッチが本当に美しい一曲。

だからこそ軽々しく使いたくなくて、解禁前なんてわざとらしいタイミングは本当はイヤなんだけど、逆に世の中が大変な今ならと思った。

所詮僕のコラムなんて、素人のお遊びに過ぎない。それでも思うに、文章をしたためるのって、雲が湧き上がってくるのによく似ていると思う。


透明で、何もないまっさらな中からうっすらとした霧が見え隠れし、やがていくつかの単語が像を結び、頭の中で白いかたまりがうねり始めて、衝動が走りだす。

この曲の静かで、どこか寂しげな始まりは今年の、この時期の気分にピッタリで、懐かしいあの流れ、まだ行ったことのないあの谷への憧憬を静かに膨らませてくれる。

また途中入る盟友、エディ ゴメスのベースソロが素晴らしく良い。普通、ベースソロってキワモノ的な感じがして、あまり好きじゃないんだけど、この人のは別格。名演が多い。


テーマを口ずさみながら、ルアーのフックを付け替え、ワレットに並べる。


少しずつ気分が高揚してくるのが分かる。


去年撮った写真にこんなのがあった。


いつか使おうと思って忘れていた。

水と木々の葉を風と光が混ぜ合わせて作り出した一瞬のアート。

まるでこの曲のピアノソロみたいに、穏やかだけど、揺れている。

魚もだけど、こんな景色が見られることも同じくらい嬉しい。



ワレットはまるで玩具箱。


記憶の沢をめぐりながら、意味もなくジップを開けたり、閉めたり。


耳の後ろにせせらぎが聞こえ始め、


視線はあの日見た光の軌跡を追う。


だいぶ熟成してしまった大の大人が無邪気な少年に少しだけ戻れる瞬間。


こんな、色々大変な時期だからこそ、例年どおり遊べることに感謝したい。


そして思い切り遊んだら、また出来ることを頑張ろう。


1人1人の力は小さいかもしれないけれど、それでもどうか、春を信じて。

Angler's lullaby

アングラーズララバイ ~ 釣り師の子守歌 〜