アマメとヤマゴ

「普段どんな感じで釣りしてるの?」

「えーっと、普通にコウして、アアして…。」

「そしたら、コウいう風にポイントに向かって、キャストした後、コンなイメージでドリフトさせて、リトリーブするといいんじゃないかなあ。」

そして、数日後。友人に彼からメールが届く。

「ありがとうございます!言われた通りにやったら、釣れました!34㎝です!」

「え…。」

地形から考えても、本流からのヤマメじゃなく、むしろ源流に近い場所。漁協による放流もなされていない。彼自身が漁協のメンバーだから間違いない。

そんな場所での34㎝。

「ルアーはなんだったんだろ。」

「スプーンです。」

「う…。」

私は渓流や源流域で、こんなに立派なヤマメを釣ったことはない。

しかもいつかどこかで見たようなテーマ。

彼はスプーンオンリーで渓流を釣り歩いていた。

トラウトフィッシングは結果だけじゃなくって、そのプロセス自体にもこだわりや美学があって、そういう意味では少し特殊なジャンルかもしれない。

しかし、こんなヤマメが釣れて感動しないというアングラーはいないだろう。

当たり前だけど、魚釣りは釣った人が何より賞賛されるべきだ。

いくらベテランぶってそれっぽいアドバイスをしたとしても、実際フィールドに立って、キャストして、ヒットさせて、ランディングした人がエライのだ。

他人が釣ったことに対して、知った風にウンチクや講釈を垂れるのはヤボでみっともない。

だから私はシンプルに言った。下手すると息子でもおかしくない年頃の若者に。

「参りました。」

と。


だがしかし、それで終わらないのがまだまだどうにも私のスケベでヤボな所で、その話しを聞いた1週間後、同じ川を目指してしまった。


狙うはもちろん2匹目のナントカで、ご丁寧に彼がまだ入っていない区間まで聞いてのことだった。


しかし、大体、こんな釣りは上手くゆかないものだ。


いざ入渓すると、そこは難所の連続だった。


苦労して岩の斜面を降下してポイントに降り立つと、ほんの100mも行かない内に怒濤の滝が現れ、高巻きを迫られる。


そして、狙うサイズは出ない。


滝、高巻き、ゴルジュ、高巻き、滝・・・。


開始から2時間で、もうヘトヘト。写真を撮る気も起きなかった。この日は仕事の前日で、翌日に備えてほどほどの遡行で帰るつもりだったのだけど、釣れない釣りはあっという間に距離をかせいでしまう。


気がつくと今季一番ハードな遡行になってしまっていた。


そうこうしながら、やっとの思いでフラットな渓相の区間に出た頃には、半分戦意喪失気味になっていた。

この日はなぜか、いつも私より先に根を上げることの多い友人がとても元気だった。

彼に引っ張られるように、更に奥へ奥へと歩を進める。

そして、彼に尺上のチェイスがあったのを皮切りにして、私もヤル気もやっと少し盛り返してきた。

落ち着いて周りを見渡すと、水はどこまでもクリアで、たっぷりと水を吸い込んだコケは青々としてとても美しい。

そんな中、シビアな反応をかいくぐり、3回目のチェイスでやっと私がキャッチしたヤマメ。

「ちょっと、コレ、すごい色じゃない?」

「本当ですね!パーマークもなんかすごく特徴的ですし。」

「すげえなあ!なんか透明感がものすごくある。」

大きさは9寸と惜しいサイズだが、楚々としたパーマーク。ヌラリとした黄金色の肌。側線の上に淡く上品に塗られたピンク。

そしてまるで羽衣のような胸ビレ。

そのスラリとした姿形と相まって、まるでおとぎ話に登場する天女のようだと感じた。

ここまでの苦労を和らげてくれる滅多にない出会いだった。

この一尾からほんの少しの区間釣りをして脱渓。GPSアプリで予想したよりもかなりの急勾配の稜線を汗びっしょりになりながら登りきり、林道へと。

最後の最後まで楽をさせてくれない谷だった。

林道を下り終え、携帯が通じるようになると34㎝の彼に電話をする。

ホーム河川の本流を少しだけ案内してくれることになっていたからだ。

事前に下見までしてくれていてとても心強く、またありがたい。

そして、残り少ない時間と体力を使い果たしながら、珍種ハンターのMURAが釣り上げた一尾がまたもやすごかった。

「えーっ!? なにこの模様!?」

「放流魚?」

「いや、ここのヤマメは○○川の○○養魚場のを放流しています。こんな模様のは見たことないです!」

彼は大学の水産学部を卒業していて、ヤマメの研究にとても熱心だ。なおかつ漁協の中心メンバーでもある。

そんな彼が目を丸くして大騒ぎしている。

「なんかパーマークがでっかくて、ゴロゴロしてますよね。」

「よく見ると身体がなんか縦に平べったいね。普通のヤマメよりもなんかイワナに近い体型だ。」

「この黒い小さな斑点も何か変な感じですね。」

3人のワイワイガヤガヤは随分長い間続いた。

本当のところは分からないが、おそらくどこかの谷から下ってきた在来魚だろうと皆で結論づけ、サンプルを採取し、元の流れに帰した。

「あの子は一体どの谷から降りてきたんだろうね?」

小雨が降る中、着替えを済ませる途中も3人の話しは尽きなかった。


深山のあの美しいヤマメを、

「天女魚(アマメ)」とするなら、

どこか無骨で愛嬌のあるアイツは、

「山子(ヤマゴ)」かなあ。


帰りの道中、こんな言葉遊びを思いつき、一人でニヤニヤしていたのを今でも覚えている。

Angler's lullaby

アングラーズララバイ ~ 釣り師の子守歌 〜