Mystery

「ねえ、、、何かおかしくないか?もうそろそろ着いてもいい頃だと思うんだけど。」


「本当ですね。こんなに時間かかるはずがないですよね。」


解禁2週目、霧雨の土曜日、どうにもこうにも不思議な1日だった。



前の週、解禁日はお祭りモードで宴会7割の釣り3割といったところだったが、この日はいきなりの本気モード発進。


昨シーズン、1番良い思いをした渓流を目がけてひどく荒れた林道を小1時間ほどジムニーで駆け抜ける。


ワクワクも全開モードで、


「お互い尺を1匹ずつ釣ったら、もう早上がりしようぜ。」


なんて言い出す始末。


後輩くんも、


「そうですね!去年はここに来るたびに尺上が顔見せてたし、八寸や九寸も沢山いたし、十分可能性はありますよね。」


てな感じ。


「よっしゃ!行くかぁ!」

捕らぬ狸の皮算用、とはまさしくこんなことを言うのだろう。

釣れないわけじゃなかった。


おそらく放流魚がいないこの沢では、特徴的な個体たちが次々に姿を見せてくれる。

このヤマメは目の横に大きな黒点があって、

思わず歓声を上げるほど美しい真っ赤っ赤な個体もいて、


とても一本の川とは思えないくらい様々な色や模様のヤマメがボチボチと遊んでくれた。


でも、この小さな流れのポテンシャルはこんなものじゃなかった。少なくとも去年までは。


こんな水量にもかかわらず、岩陰から尺をゆうに超える個体が「ガバッ!!」と出てくる光景が丸見えで、心臓をわしづかみにされるくらいエキサイティングな光景を何度も目にした。


パラダイスとまでは言わないが、日に何度かは緊張と興奮が最高潮に達する瞬間がある、そんな沢だったんだ。


「ダーメですね。一体何があったんでしょうね。」


行けども行けども、5~6寸のおチビちゃんしか遊んでくれない状況が続く。


段々と歩くスピードが速くなり、小場所をパスするようになってくる。


「あの大場所まで行ったら、もう上がろうぜ。そこから上流は多分ダメだから。」


やっぱり自然というものはそう簡単に人の思うようにはならない。

原因は分からないが、去年までいたあのランカー予備軍たちは全く姿を消していた。
水量が少ないこの沢でチェイスすら全くないということから、そのことは間違いなく思えた。

決断したところから脱渓ポイントまで、おそらく1時間くらい。


僕たちは雨足が強くなってくる中を早足で先へ先へと歩いた。

相変わらず小場所はスルーして、大場所のみを攻めながら。

しかし、ここからどうも様子が変だった。

「あのカーブを曲がったらもうすぐだよね?」

「そうですよね。もうすぐ1時間経つし、多分あのポイントの先あたりでしたよね。」

「あれ?まだ着かない。おかしいな。」


行けども行けどもそこには着かない。


「今何時?」

「もうすぐ13時ですよ。コレおかしいですよ。12時には着くはずだったのに。」

「えーー!?なんでだよ。」

谷に分岐はない。ここまで何回も通っている沢、肌感覚に間違いはないはず。

明らかにおかしい。

歩きながらふと思い出したことがあった。


それは去年、この釣行の時のこと。


3人でここを歩いていると急斜面の原生林の奥から、突然、何人かの女性が大声で話し合う声が聞こえた。


僕1人だけなら空耳かもしれなかったが、3人が3人とも、間違いなく聞こえていた。

道沿いに林道はなく、集落なんてなおさら。

あの急斜面に女性がいるなんてことは絶対にあり得なかった。

そんな場所から声が聞こえてきたんだ。

そして、ここはあの時と同じ川。

もし仮にこの日が単独釣行だったらかなり怖かっただろう。結局、脱渓ポイントにたどり着いたのは13時半頃、1時間で着くはずが2時間半もかかっていた。

後で国土地理院のサイトで距離を測ったら、この区間、約1.5km。フラットな渓相で遡行には苦労しない。やっぱり、明らかに変だった。


キツネの仕業か、タヌキの化かしか、モノノケか、果たして…。

「もう、しばらくここには来なくていいね。」

帰りの車中、2人でそう話し合った。ただ、それは全然ミステリーのせいじゃなくって、大きな山女魚がいない、という理由からなんだけど。

この釣りをしながら色んな谷に入ると当たり前のように、昔事故があった所とか、古い集落跡とか、不思議な現象とかに会う。

何というか、感覚が麻痺しつつあるのか、釣欲が優先されるのか。

とにかく、こんなことでいちいちビビってたら一人前のトラウトバムにはなれないのだ!

でも、まあ、こんな体験をしても全く懲りない釣りバカの性質ってのも、普通の人たちから見たら、きっと相当ミステリーなんだろうなぁ。


Angler's lullaby

アングラーズララバイ ~ 釣り師の子守歌 〜