LOVE SPACE

「尾を引いて 走り去ろう 僕らは 宇宙へ翔けてゆける。」


1989年にリリースされた山下達郎のライブアルバム、”JOY”の中の1曲、”LOVE SPACE"のサビの一節。


つくづく、この人の演奏は令和の今聴いても全く色褪せてなくって、本物とはやっぱり普遍なんだなあって思わされる。


それどころかむしろ、バブル直前、ニッポンが一番元気が良かった時代の、脳天気で明るい、でも底知れないエネルギーが感じられてたまに聴くと最高にハッピーな気分になれる。



大体釣り雑誌もすっかり見飽きてて、新製品とかにもほぼ興味を持てなくなって、最近は革靴とかファッションの方に傾いていた僕の釣りに関する一番の楽しみは国土地理院の電子地図。


日帰りで行けそうな、でも釣り人がほとんど入らないような水線を探し、林道と等高線と川の隙間を眺めては、あれやこれやと妄想し、ため息をついたり、ムムムとうなったりするのが渓流シーズンオフの日常。


そんな僕の偏屈な趣向に付き合わされる後輩くんには少し申し訳ない気もするが、人生長くやってるとやっぱり人の生臭さがほとほと嫌になることも多くて、山奥のフィールドに他のアングラーの車や、足跡があったりするだけですっかりゲンナリしてしまう。


たまの週末くらい人っ気が全くない、去年から目をつけていたプチ秘境を求めて、荒れた林道をガタゴトとジムニーで走らせてもらう。


もう一つ大事なこと。


果たしてそこにヤマメがいるのか、いないのか、まともな情報がない中で一か八かの勝負に出るのもスリリングで楽しいのだ。


まだ見ぬこの谷に、果たして。


3月3週目にして始めて青空を見せたけど、寒の戻りで肌寒い早春の空の下、やっとエントリーポイントにたどり着いた時には悪路の振動で少し腰が痛くなっていた。


「遠かったねえ。」


「本当ですね。ここからこの急斜面を降りるんですね・・・。」


「へへへ。楽しみだねえ。」


「・・・。」


「おお~!!いるね!!」


「いましたね!!」


入渓直後から、サイズは小さいけど、ヤマメが顔を見せてくれる。


このことが分かっただけでもこの日は大成功。


ただ、いるとは言ってもやっぱり放流魚とは違い、明らかに警戒心は強い。


アプローチを雑にすると思いがけない場所から、「ヒュッ」と出て来て逃げたり、チェイスしてきても1回きりでオシマイとか、それなりのシビアさがあって、そこがまた面白い。


水量が少ない渓流で、ヤマメの個体数は多くないのか、急に気温が下がったので活性が低いのか、そんなに数は釣れないけど、何より谷にゴミ1つどころか、人の跡すら全くなく綺麗で、ヤマメも同じくらい美しい。


2人で交互に攻めながら流れをさかのぼると、7寸や8寸くらいの良型が少しずつ顔を見せてくれるようになった。


カラフルな体色に、色んな形のパーマーク。写真を撮るのも楽しくって、なかなか足が先に進まない。


距離を稼がなくて済む釣りは良い日の証拠。


もし、大自然が神だと言うのなら、この日の僕たちは間違いなく神様に愛されたということになる。


深い谷底に広がるのは、穏やかでとうとうとした清流。


森の中からは、聞いたことのない美しい声の鳥のさえずり。


うららかな陽射しとたまに吹く涼しげな風。


そして、飛沫をあげ、水面に波紋を拡げるヤマメとの時間。


ただただ、全てが美しかった。


陰か陽かと問われれば、明らかに陽。


男性的か女性的かと言われれば、間違いなく女性的。


普段はどちらかと言えば気難しく、スレきってしまった偏屈オヤジの心を、まるで無邪気な10代の少年のそれに戻すような山の女神の優しさにくるまれて、僕はいつの間にか、ン十年前のあの頃CDウォークマンで聴いていた"LOVE SPACE"を口ずさんでいた。


そして、この日のハイライト。


淵のヒラキにキャストした僕のHOBOミノーに岩陰からじゃれつくように現れたその肌色はまるで写真でしか見たことのない外国のゴールデントラウトのように金色に輝いていた。


やっぱり寒かったのか、何回か食い損ねて、ジャークを入れた後のポーズ、そして次のワンアクションでやっとガップリとくわえてくれた。


ぼやけて元の形がハッキリしないパーマーク。全身にビッシリ広がる黒点。


頭の大きさとは不釣り合いに小さい身体は、決して恵まれた環境とは言えないこの川で生き延びてきた証かもしれない。


大きさは9寸に足りないくらいだったが、そんなことはどうでも良くなるくらい神々しい輝きを放つ1匹だった。


色んな意味で最高だったこの日、車に戻る足取りは、軽く溜まった乳酸なんか何の問題にもならない位軽やかで、爽やかだった。

大いなる自然がたまにくれる祝福は、ちっぽけな人間の悩みや澱みなんか、軽く吹き飛ばしてくれて、どこまでも行けそうな自分に戻してくれる。

そんなことをつくづく感じた早春の1日。


Angler's lullaby

アングラーズララバイ ~ 釣り師の子守歌 〜